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2012年10月16日火曜日

再びドタバタ劇・・・

前回まで

アルーシャの小学校に行くことでハイホープの原点を見つけ、1つ目のきっかけとなる。

続き

小学校で子供達と暫し校庭で遊びながら、何故か日本の歌を歌っていました(-_-;)

そんな楽しい時間もそこそこに飛行機に乗って次の目的地であるザンジバル島へ向かう時間も迫ってきたので後ろ髪を引かれる思いで小学校を後に(´・ω・`)

エディスの車の中で「色々あったけど感動したよ!ありがとう」と伝えてエディスの運転で
空港へ向かう
車中、外の風景を見ると広がる草原と遠くに小さな竜巻も見えている。
道を歩いている人もさっきまでとは違って見えるから不思議なものです(>_<)



そんでもって、ふと気づくと見たことのない風景がずーーーーっと続く・・・・

エディス「もうすぐ空港だからね」(*゚▽゚*)
私「あ、そうなんだ・・でも来た時とは違う風景なんだけど・・・」(´・_・`)
エディス「来た時はバタバタしたから違って見えるんじゃない?」(*゚▽゚*)
私「そっか〜」(-_-;)

っで、数分後・・・・

見たことのない空港に到着(´・ω・`)
心の声 「キリマンジャロ国際空港?」(´;ω;`)

私「本当にこの空港で大丈夫なの?」
エディス「まぁ。時間もあるし外でジュースでも飲まない?」(゚∀゚)
私「う、ウン」(´・_・`)

暫し歓談・・・

しかし心の中で何か違う・・・
ここじゃない気がする・・・・(BGM 違うそうじゃない 鈴木雅之)

私「ちょっと空港内の掲示板を見てくるよ」(´・_・`)
エディス「まぁ心配しょうねぇ〜」(^O^)

空港内に入り掲示板とチケットを見比べる・・・
何度も見比べる・・・・ (BGMはMAX)

予定の便が無いじゃん!!  なんで???????(゚o゚;;

エディスが空港職員にチケットを持って話に行く・・・・
嫌な予感・・・・

呆れた顔で戻ってきたエディス・・・・・
「ここじゃなくアルーシャ空港だったみたいよ」
私「えーーーーーーーーーお;jふぁjvんべいうfgrwlbづfぁんどあんf」
エディス「さてどうしましょう(´・ω・`)私も次の用事があるし・・・」
おいおい、優先が違うでしょ!!!
そんな私を連れて外へいくエディス

何かを探してる・・・
そうですタクシードライバーを探してる・・・・
見つけて何か話してる・・・・
笑顔で戻ってきて
「彼がアルーシャ空港まで連れて行ってくれるって(´∀`)飛ばせば何とか間に合うよ(´∀`)」



そんなこんなでバタバタ、タクシーに乗って来た道を戻るハメに(>_<)
空港へ向かう途中
ドライバー「間に合うかなぁ〜30分はかかるからなぁ〜・・飛ばすよヽ(;▽;)ノ」
この間、記憶がありません・・・

気付けば何とか間に合って笑顔で手を振るドライバーさん

最後の最後でこうなるとは・・・・

って事で何とか飛行機に乗りザンジバル島へ向かう飛行機の中、次は大丈夫かと不安になるのでした・・・・

続く

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2012年10月13日土曜日

アルーシャで感じた事・・・

前回まで

何とか無事にアルーシャでの一日を終えてタンザニアを満喫することが出来ました。

続き

前日の失敗をしないように、夜は日本から持ってきた長袖を二枚重ねで着て就寝することに(´∀`)
翌日は午前中に街をウロウロして昼からは飛行機でザンジバル島へ移動〜
ザンジバル島はとても楽しみなので、何をしようかなどと考えながら深い眠りへつきました。

っで目が覚めると

なんと爽やかな朝だろう! 鳥のさえずりで目が覚めてとりあえず外の空気でも吸いに行こうと思い
部屋を出て、ホテルの敷地内を暫し散策(^O^)



敷地内は緑に溢れて沢山の鳥がいて、空気といい小さい頃に夏休みを過ごした田舎を思い出させてくれて童心に変えることができました。
朝食は敷地内で採れたフルーツがてんこ盛り(*゚▽゚*)そして自家製のハーブティー!

食事をしながらエディスの家族と色んな話をしながら贅沢な時間を過ごせることが出来ました。
・・・これから起こるドタバタなど予想も出来ませんでした(´・_・`)
まだまだ先ですが・・・・
 

そしてせっかくなので遠くからですがキリマンジャロ山が見える場所へ連れて行ってくれました。
そして、ここでの目的でもある小学校へGO!!!
街でお菓子を買い込んでワクワクしながら学校へ・・・って山に入っていくではありませんか(´・_・`)
エディスが関わっている小学校は人里離れた場所にあり、彼女が頑張って学校に行くことの出来ない子供たちに勉強の場を作りたいと考えて作っている学校なのです。






そこでは沢山の子供たちが一生懸命に勉強をしていました。
彼らが全員校庭に集まって迎えてくれて歌を歌ってくれました。(((o(*゚▽゚*)o)))
そして代表して先生にお土産を渡して校長室で話をしながら、ふと外を見ると数人の子供が遊んでいる(´・ω・`)

私     「彼らは勉強しないの?」

校長   「両親が家の手伝いをさせるというこtなので学校へは行かせてくれないんです」

私     「でも校庭にいるということは・・・」

校長   「彼らも本当は勉強がしたいのよ・・・」

エディス 「本当はもっと沢山子供がいるけど、通うためのバスもないし徒歩だと危険だから」



実際に目の前でテレビやドキュメンタリーで見たり聞いたりする風景があると、人は何も出来ない自分に改めて気付かされます。
実際に郊外の畑で乗り捨てられた耕運機などを見ると、多くの支援でバスや耕運機などが送られても維持やメンテナンスをする事が出来なくて終わっているのが現状だそうです。
校庭の大きな木の柵も某企業の寄付でしたがメンテナンスが出来ずに朽ちてしまっていました。

前タンザニア大使と初めて話した時も同じことを言っていたのを思い出しました。
ハード面の支援も助かるけど、本当に欲しい支援はソフト面だと・・・

例えば陸上競技の強化のために運動場を作ってくれるのは本当に助かるけど、指導者がいなければ結果は見えている。
釣竿をあげても釣り方を教えなければ彼らの為にはならないということです。

この時に自分の考えの甘さを痛感しました。
いつの間にか上から目線で発展途上国という無意識の考えで物を見ていた、そして彼らは彼らで必死で自国を良くしようと頑張っているんだと・・・
そんな彼らの目には力があり、今を楽しみ生きているオーラをバンバンに感じました。
日本で物や情報が溢れ何不自由なく過ごしていると感じていた自分がいて、結局一番不自由を感じ毎日をただただやり過ごしていたのでは・・・・
彼らに教えてもらった気がしたのでした。



ここでハイホープの原点でもある着地点の見える関わり方の考えが生まれたのです。
勿論、これが私にとってたまたまタンザニアだっただけの事です。もし他の国に出会い、行っていたならば、他の国に特化したハイホープだったかもしれません。
他の方々が行っている支援活動も素晴らしい事だと思うし、絶対に必要だと思います。
むしろ、そちらの方が規模も大きく結果が出るのかもしれません。

ただ自分が満足して出来る支援やタンザニアに関わる事は自分でやって、この目でみたいと思ったのでした。
現在、仕事で出会った方々からよくある質問で「何故、NPOやNGOにしないで法人なんですか?」
と聞かれます。

その理由の一つがこの出来事なのです。
私たちが法人である事で、ビジネスとしてタンザニアと真剣に向き合う事で現地にビジネスを発生させることも出来るし、日本でビジネスとして取り組むことで社会的信用も責任も大きくなるからです。
キリマンジャロカフェを現地で作ることで現地に沢山の仕事が生まれています。
自分たちが途中で倒れてしまったら、ただの自己満足で終わるのではないかと考えての事です。


現在では多くの方々にキリマンジャロカフェやティンガティンガに関わってもらっています。本当に感謝してもしきれません!
そして、この時に決心し誓った夢は二年後に叶うのでした。

続く

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2012年10月6日土曜日

イメージのタンザニア

前回まで

タンザニアのアルーシャに着いてドタバタありましたが(´・_・`)
無事にエディスの経営するホテルに到着して夕食も済ませてぐっすりと眠れたのでした(´∀`)

続き

意外にも?寒さで目が覚めた朝でした。
10月のタンザニアはちょうど季節的にも涼しい時期で、アフリカの暑いイメージとは違います。
気温も20度を下回り上着が必要な時もあります。

タンザニアを紹介する機会が仕事柄、多々あります。その際に皆さんのイメージはこんな感じだと思います。






しかしタンザニアの街は皆さん驚かれますが結構発展しているんですよ〜
首都は博多ぐらいの感覚で大体合っています。やはりメインの通りから外れるとまだまだ道は舗装されていなくて凸凹道が多いですが・・・(*゚▽゚*)




話を戻して

朝食を済ませて、エディスの案内でアルーシャの街を観光しました。
アルーシャは日本で言えば軽井沢のような位置づけらしく観光客も多く別荘地でもあり、キリマンジャロ山の登山への入口の街だそうです。
これも意外に思われる方が多いのですが、キリマンジャロ山はタンザニアにあります。最近まではケニアからのルートが多くケニアからタンザニア人のガイドが案内をしていたそうです。
しかし近年、国が観光にも力を入れることで国内からも登山ルートを作り多くの登山客が増えてきたそうです。


エディスと色んな話をしながら、日曜日のマーケットに連れていってもらいました。
ここでやっと今まで自分が抱いていたタンザニアのイメージと合致する風景に出会いました。


昔の日本の青空市場のような風景です。
ふと不思議に思ったのはマーケットのお店はほとんど女性ばかり(`・ω・´)
不思議に思い聞くと「市場では女性が働くものなんだよ(´∀`)」と教えてくれました。
「そうなんだ〜(・∀・)」
しかしお店にあるフルーツは本当に種類がたくさんあって美味しそうなものばかりでした。



私は昔から、果物というものをほとんど食べることがなく美味しいと思ったことがなかったのですが、ホテルで食べたフルーツを勧められて食べて感動していたばかりでした。
日本で食べるより味が濃密で美味しいさが全然違います。

マーケットをひとしきり満喫して帰るのかなぁ〜と思っていたら
エディスが紹介したい日本人がいるというので合流することに(・∀・)

やっとトラブルなく過ごしている一日でした

続く

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2012年10月4日木曜日

安堵&満喫・・・暫しの間でした

前回まで

レイチャールズ似のTAXIドライバーに助けられエディスと合流(´∀`)
タンザニアに着いてやっと安堵を満喫しながらエディスの建設中のホテルへGO!(*゚▽゚*)


続き

エディス曰く
到着がキリマンジャロ空港だと思っていたらしく、アジア人がいないので困惑して色んな所に連絡をして探していたらしい。
私も終わってみればハラハラしたけど、まぁ〜こうやって合流できたから良しとしましょう(^-^)
ってな会話をしながら、だんだんと郊外へ・・・そして細い凸凹道へ・・・


ホテルってこんな場所にあるの?
なんて考えていたら、いきなり大きな門が森の中に出現(゚∀゚)



ゲートが開くと広大な敷地に綺麗な建物が何棟か立っていました。

ゲート内側にあるバオバブの木をモチーフにしたゲートハウス


               こんな建物が何棟かあります

確かに敷地内は工事の途中らしく建材などが散乱していましたが、とてもワクワクするような素敵な場所でした。

今日はこの部屋を使ってイイよ!と渡されたキーホルダーにはティンガティンガが描かれていて
センスの良さを感じながら、部屋に入ると窓の外には広大な風景が広がり感動(((o(*゚▽゚*)o)))






タンザニアに来てやっと心ゆっくりと過ごせると日暮れまで部屋で安堵に浸ってました。

夜にエディスから部屋に連絡があり、「夕食が出来たので食べにおいで〜(゚∀゚)」
敷地内にはエディス一日の豪邸があり、そこで家族で食事をするシステムらしく、ワクワクしながら
家に行くと、沢山の食事が用意してあり初めてアフリカの家庭料理を食べたのですが、これが非常にスパイスが聞いていて美味×7!!!
食事後はリビングで色んな話をしながらゆっくりと過ごし、明日からの予定などなどを打合せ(;_;)



満腹のお腹を抱えて部屋に帰って、日本から持ってきた本を読みながら波乱の一日の夜は更けていくのでした(´・_・`)

続く

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2012年9月29日土曜日

ドタバタ劇から安堵まで

前回まで

アルーシャ空港に着いたのは良かったけど、迎えに来るはずのエディスが来ない。
野宿の危機を脱するため、レイチャールズ似のタクシー運転手に頼みネットカフェ?へ
何とか連絡先をゲットして、つかの間の安堵を過ごす


続き

レイチャールズがエディスに連絡をしてくれて話をしている。
これで何とかなりそうだと一服をしていると、レイが電話を終えて話しかけてきた。

「さぁ、行くぞ!!!」(´ω`)
「う、うん・・・・・」(´・_・`)

道中で話を聞いていると、どうやらエディスはアルーシャ空港ではなくてキリマンジャロ空港で待っていたらしい・・・
エディスも連絡がつかず困っていたらしい(´・ω・`)
っで、そんな時にちょうどレイから連絡があり一安心、互いの場所の中間地点で落ち合うことになったらしい。



                 アルーシャの街の中心にあるモニュメント



それから夕暮れの道路を走ること40分近く・・・・
道路脇の小さなレストランに到着するとレイが電話をして何か話してる。
しばらくして、大柄な女性がこちらへ来て満面の笑みで話しかけてきた。そうですやっとエディスと合流できました。

レイに少しのお金を渡して、お礼をいうと風のように帰って行きました。
はぁ〜なんとか助かった・・

エディスの車に乗り込み状況を話していると、どうやらエディスの経営するホテルはまだ完成していなくて、誰も知らなくて当然の事でした。
こちらの心労を知ってか知らずか彼女は上機嫌で車を走らせて、鼻歌を歌ってました。
私はやっと周囲の風景を冷静に見ることが出来る余裕の中、アルーシャの郊外の風景に感動していました。


        
                夕暮れのアルーシャ郊外



続く

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ニエレレ大統領

前回のカンガでタンザニア初代大統領のニエレレ大統領の紹介をしました。
今回はニエレレ大統領の話を少し(*゚▽゚*)



私がタンザニアに初めて渡航して到着して、ウロウロしていた滞在期間の中のある日、どこのチャンネルでもある人物の講演が流れていました。
友人になっていたALLYに
「あのTVで流れている人物は誰なんだい?」と尋ねると
「今日はタンザニア初代大統領ニエレレ大統領の命日だから彼を偲んで彼の映像を流しているんだよ」と教えてくれました。

ここから簡単にタンザニア建国の話になります。
タンザニアは19世紀にヨーロッパの植民地政策によりドイツ→イギリス(なので車の走行は日本と同じです)の植民地でした。
そして独立という歴史があります(この間の歴史はまた後日(´・_・`)


そして初代大統領が誕生することになるのです。その人物こそがジュリウス・カンバラゲ・ニエレレ氏(1922-1999)だったのです。

彼はタンガニーカの中でも小部族ザナキ族(タンザニアには130程の部族が存在します)出身です。そんな彼が何故大統領になったのか?そして現在まで多くの国民にリスペクトされているのか?
ALLYによると独立当時は大きな二つの部族が存在して独立後の国政は自分達の部族の都合の良い様に利権を考えていたそうです。
しかし国は独立したばかり・・・新たな混乱は避けなければならない・・・・

そこで両部族は、それぞれ自分達は表に立たず影で自分達の都合のいいように操れるニエレレ氏に目をつけて彼を大統領に持ち上げた訳です。
しかし頭のいいニエレレ氏は、それを理解しながら敢えて大統領になり上手く両部族だけの良い意見を取り入れて、一方では小部族の意見を取り入れて全体の意見を生かしタンザニアと言う国を全体で考えて国民を一つにまとめて、アフリカでも数少ない内戦の無い国を作り上げたのです。
通常であれば強いものに巻かれて自分の保身だけを考えてしまう、どこかの国のリーダーとは正反対です(´Д` )


そして彼の特徴は、とても聴く人の心を打つスピーチでした。
言葉の分からない私でもTVから流れてくる彼の話し方には笑いもあり力強さもあり聞く者を惹きつけるカリスマ性があります。
今の日本の政治家には全くない心が入ったスピーチに思わずTV画面を見続けてしまいました。
彼の在任期間はタンガニーカ共和国からタンザニア連合共和国へとの遍歴の1961〜1985までとなります。
この四半世紀に及ぶ彼の国作りのベースがなければ現在の様な安心して過ごせるタンザニアは無かったとALLYは言っています。
そして1999年10月14日イギリス・ロンドンで77歳の生涯を閉じます。

必ずしも政策は成功ばかりではなく失敗も多くあったそうですが、彼のアフリカの平和・平等・安定を訴える真剣な姿は自国のみならず他国からも「アフリカの父」と現在でも尊敬されています。

こんな商店の入口にも飾っています

今でもタンザニアの大きな店舗だけでなく街の小さな商店の入口には彼の写真と現在の大統領の写真が飾られて多くの国民に愛されています。
そしてタンザニアの入口であるダルエスサラーム空港も実は正式名称はジュリウス・ニエレレ空港と言います。

少し見づらいですが空港の写真です  

もう少しで彼の命日です。このブログをきっかけに少しでも彼の事を知ってもらえればと思います。

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2012年9月28日金曜日

カンガの話です

アフリカといっても地図でみればわかるように広大で、東アフリカと西アフリカは文化も生活スタイルも全然違い、例えるなら日本とトルコ並みに違うのです。
まぁ、アフリカから見てもアジア圏は同じに見えるのと同じことです(´・_・`)

私が関わっているタンザニアはインド洋に面する東アフリカでスワヒリ語圏でケニア、ウガンダ、コンゴなどは公用語になっています。

今回、紹介するのはカンガという女性が身につける布地です。
大きさは130×90と決まっているのですが、用途は様々でハイホープのHPでも紹介していますが、
赤ん坊を包むことから亡くなった遺体を包むまで使います。














毎年300種類程のデザインが発売されて二度と手に入らないデザインもあるためにコレクターもいるほどです。

このカンガのデザインも素敵なのですが、必ずカンガに書かれているカンガワードというものに心を打たれたのも事実です。

今回は数点のカンガとカンガワードを紹介します。






                
                




 この人物はタンザニア連合共和国の初代大統領のニエレレ氏がプリントされたカンガです。
ニエレレ氏に関しては次回のブログで紹介しますが、亡くなった今でもタンザニア国民に絶大な支持を得ている人物です。






DUMISHENI UPENDO.AMANI.UTULIVU NA UMOJA


常に強調と愛、平和を忘れない









このカンガは魚がプリントされている珍しいものです。










USIGEUKE MIBA UKANICHOMA


傷つけたりしないようにして







こちらも白鳥がプリントされた珍しいカンガです









                                  
                                     
                                   
RAHA TELE TAABU YA NINI?

訳 
幸せは沢山あるから探さなくていいよ

                                









                                





このようにカンガにはメッセージが書かれていることで人に気持ちを伝えたり、害から守る為にという意味でも使われています。
例えば喧嘩をした友人と仲直りしたい時、好きな男性に気持ちを伝えたい時、子供を包む時などなど用途によっても言葉を選んで身につけたりもします。

最後に私の大好きなカンガデザインを紹介します。


















 

シンプルながらプリントされた孔雀に一目惚れしました(*゚∀゚*)
 
イベントなどで私が身につけているエプロンの裏地に使っています。
是非、イベントで会った時は声を掛けてください(((o(*゚▽゚*)o)))

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2012年9月27日木曜日

アルーシャでのドタバタ劇

前回までの話

何とかアルーシャ空港に着いたのはいいけど、予定の迎えが来ないまま(´・_・`)
一人ぼっちになってしまい、周りには誰もいなくて野宿決定か!?!?!?!


                  アルーシャ空港に着いて、まだワクワクしていた頃・・・
空港の周りにはこんな風景が360度広がっています

続き・・・

一人で途方にくれているとTAXIの人が4〜5人ゾロゾロとこちら来て
運転手A(´ω`)「どうしたんだい?」ワイワイヽ(´▽`)/
私      「○○ホテルに泊まる予定で迎えが来るはずなんだけど来なくて・・」 (´Д` )
運転手A   「そんなホテル知らないなぁ〜」ワイワイヽ(´▽`)/
私      「最悪、空港に野宿みたいなんだァ・・・」・゜・(ノД`)・゜・
運転手B   「それは危ないぞぉ〜」ワイワイヽ(´▽`)/
運転手C   「夜は寒いから、その格好じゃヤバイぞ〜」
運転手A   「お前はどこから来たんだい?」
私      ・・なんで楽しそうにしてるんだよ(`・ω・´)

   
こんな風で何も進展しないやりとりが1時間近く続く

この状況もなんかヤバイ・・・・・疲れ果ててきた・・・・
・・・・・・・・そうだ閃いた!!!!!!!

私      「ここら辺にネットカフェってある?」(*゚▽゚*)
運転手C   「街に行けばあるよ」ワイワイ(゚∀゚)
私      「とりあえず、そこまで連れて行ってくれない?」
運転手A   「じゃあ、俺の車に乗りな!!!」( 」´0`)」

レイチャールズ似のおじさんのボロボロのプジョーに乗って街へ移動、向かう最中もテンション高く
話しているレイチャールズ・・・

レイ     「タンザニアには何をしに来たんだい?」
レイ     「俺は何歳に見える?」
レイ     「今はいい季節だから楽しめよ!」
レイ     「俺は良い運転手だからラッキーだな!」
レイ     「この車はサイコーだろ!!」
私       「う、うん・・・・・・(´・ω・`)」

約30分でネットカフェに到着

私      「ちょっと待ってて!!!」(ヾ(´・ω・`)

ネットカフェで料金を払って事前の打合せメールで聞いていたエディスの連絡先を探し出して
メモ( ̄^ ̄)ゞ

って書き終わった瞬間にPCの画面が落ちたーーーー(゚o゚;; 何?何?何?
慌てる私を見て、よくある停電だと店の人が話しかけてきた
とにかくギリで助かった〜(´・_・`)
連絡先は分かったので外で待つレイチャールズに電話番号を渡して電話をしてもらう
レイとエディスが話している間に座り込んで一服・・・・

これからどうなることやら(´Д` )

 
 
目が笑ってない・・・・・

続く・・・・・

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2012年9月24日月曜日

そしてアルーシャへ✈

タンザニア到着初日は、なんとか無事に終えてホテルにチェックインを終わらせました。
もちろんALLYには明日の朝に迎えに来てもらう約束をして、そのまま部屋で今後滞在期間の計画を練ってました。
海外に行くと部屋ではTVをつけっぱなしにして、番組はだいたいディスカバリーchを流しっぱなしにしてます(´・_・`)


ホテルはソフィアハウスというホテルで場所は国立図書館の向かいにあるホテルです。
到着したのが土曜日だったので夜は近所の公園でインド人が沢山集まってコンサートを一晩中開催していました(´・ω・`)

二日目は午前中の飛行機移動でアルーシャという街へ
アルーシャは日本で言う軽井沢みたいな場所らしく、ここではエディスという女性と待ち合わせを予定していたのですが、アルーシャ空港に着いたまでは良かったのですが、待ち合わせにエディスは来ない・・・・
他の旅行者の人はぞくぞくと迎えに来てくれた車に乗って消えていく
とうとう私一人が空港にポツーン(´・_・`)
乾いた風がピュー(||´Д`)o
誰もいない・・・・

見かねたパンサーという警備委員の一人が話しかけて来てくれたので、迎えに来る予定の人が来ないと状況を説明すると
「とりあえず空港のベンチで寝る了解は取ったから〜」(´∀`)
「う、うん・・・(´・ω・`)」
って野宿確定?!?!?!

何だか自分でも状況が飲み込めない(。-_-。)
タンザニアに来て安心した時間はトイレと風呂と移動だけじゃん!!!
って事で
続く・・・

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2012年2月4日土曜日

懐かしい出会いがありました

現在、門司区赤煉瓦プレイス内のジラソーレでティンガティンガ展示会を開催していますが、
昨日は本当にご無沙汰している方が来てくれました。
ご夫婦で来ていただいたのですが、クレヨン画家の市川武さんです。
本当に久しぶりにお会いして楽しい時間を過ごさせてもらいました。色んな話の中でつい最近まで体調を崩されていたらしいのを感じさせない元気ハツラツなお姿に安心しました。
改めて本当にこまめに色んな方と連絡を取らなければいけないなと痛感しました。
そんな市川さんのブログです。本当に市川さんの描かれる絵の世界は素敵なので少しでも多くの方に知ってもらいたいです。
http://ameblo.jp/ichikawatakeshi/


今回はタンザニアの、とある食堂での昼食です。これが一般的な昼食らしく多くのビジネスマンなどが来ていました。
味はとても日本人には合う味付けです。真ん中のご飯かウガリ(とうもろこしの粉蒸かした物)のどちらかを選べます。やはり現地の人はウガリ食べている人が多かったです。

では15日までティンガティンガの展示会を開催していますので皆さん遊びに来てくださいね!