2012年9月29日土曜日

ニエレレ大統領

前回のカンガでタンザニア初代大統領のニエレレ大統領の紹介をしました。
今回はニエレレ大統領の話を少し(*゚▽゚*)



私がタンザニアに初めて渡航して到着して、ウロウロしていた滞在期間の中のある日、どこのチャンネルでもある人物の講演が流れていました。
友人になっていたALLYに
「あのTVで流れている人物は誰なんだい?」と尋ねると
「今日はタンザニア初代大統領ニエレレ大統領の命日だから彼を偲んで彼の映像を流しているんだよ」と教えてくれました。

ここから簡単にタンザニア建国の話になります。
タンザニアは19世紀にヨーロッパの植民地政策によりドイツ→イギリス(なので車の走行は日本と同じです)の植民地でした。
そして独立という歴史があります(この間の歴史はまた後日(´・_・`)


そして初代大統領が誕生することになるのです。その人物こそがジュリウス・カンバラゲ・ニエレレ氏(1922-1999)だったのです。

彼はタンガニーカの中でも小部族ザナキ族(タンザニアには130程の部族が存在します)出身です。そんな彼が何故大統領になったのか?そして現在まで多くの国民にリスペクトされているのか?
ALLYによると独立当時は大きな二つの部族が存在して独立後の国政は自分達の部族の都合の良い様に利権を考えていたそうです。
しかし国は独立したばかり・・・新たな混乱は避けなければならない・・・・

そこで両部族は、それぞれ自分達は表に立たず影で自分達の都合のいいように操れるニエレレ氏に目をつけて彼を大統領に持ち上げた訳です。
しかし頭のいいニエレレ氏は、それを理解しながら敢えて大統領になり上手く両部族だけの良い意見を取り入れて、一方では小部族の意見を取り入れて全体の意見を生かしタンザニアと言う国を全体で考えて国民を一つにまとめて、アフリカでも数少ない内戦の無い国を作り上げたのです。
通常であれば強いものに巻かれて自分の保身だけを考えてしまう、どこかの国のリーダーとは正反対です(´Д` )


そして彼の特徴は、とても聴く人の心を打つスピーチでした。
言葉の分からない私でもTVから流れてくる彼の話し方には笑いもあり力強さもあり聞く者を惹きつけるカリスマ性があります。
今の日本の政治家には全くない心が入ったスピーチに思わずTV画面を見続けてしまいました。
彼の在任期間はタンガニーカ共和国からタンザニア連合共和国へとの遍歴の1961〜1985までとなります。
この四半世紀に及ぶ彼の国作りのベースがなければ現在の様な安心して過ごせるタンザニアは無かったとALLYは言っています。
そして1999年10月14日イギリス・ロンドンで77歳の生涯を閉じます。

必ずしも政策は成功ばかりではなく失敗も多くあったそうですが、彼のアフリカの平和・平等・安定を訴える真剣な姿は自国のみならず他国からも「アフリカの父」と現在でも尊敬されています。

こんな商店の入口にも飾っています

今でもタンザニアの大きな店舗だけでなく街の小さな商店の入口には彼の写真と現在の大統領の写真が飾られて多くの国民に愛されています。
そしてタンザニアの入口であるダルエスサラーム空港も実は正式名称はジュリウス・ニエレレ空港と言います。

少し見づらいですが空港の写真です  

もう少しで彼の命日です。このブログをきっかけに少しでも彼の事を知ってもらえればと思います。

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